月曜日はLabor Dayで祝日のため明日から3連休になる。実際は今日の夕方くらいから人々が移動し始める。そういう私たちもこの連休を利用して名所を巡る計画。今日はその1日目でDデンバーからI-25を南に150マイルほど移動した。上の図はその移動経路。Google mapsの見積りでは到着まで3時間15分くらいであったが、今朝のニュースによると全米で3000万人の人が旅行に行くというだけあって、デンバーからコロラドスプリングスまで断続的な渋滞のため予定より1時間ほど余計にかかってしまった。渋滞がない箇所も非常に混雑しており、車間距離は10mあるかないかの状態が長時間続いた。これまで世界中で首都高高速6号線の小菅ジャンクション程緊張を強いられるところはないと思い込んでいたが今日の混雑はそれよりもプレッシャーがかかる状況が長時間続いたという点でより酷かった。それでも今日の渋滞は全て想定の範囲内であり織り込み済みであった。というのは以前、Labor Day直前の金曜日にもっと過酷なピンチに立たされた経験があったからである。
ちょうど4年前のLabor Dayの連休の直前の金曜日にシアトルからポートランドに日帰りで出かけた。行きは朝7時発の列車に乗るために6時ころ駅に行って窓口で普通に切符を買うことができた。帰りも同じようなものであろうと考え、1日中ポートランドを観光し、シアトル行きのアムトラックが出発する20分前にポートランドの駅の窓口で切符を買おうとした。ところが、窓口のおばさんは「予約は?え、何、予約ない?満席だから切符はない。」と言われた。私は「それじゃあ次の列車でもいいんですが」と言ったところ、おばさんは「次の列車は2日後」と答えた。私はその翌朝の飛行機で日本に変える予定であったので簡単に引き下がるわけには行かなかった。その後、
「一等も空いていませんか」
「一等も空席はありません」
「2時間立ってでもどうしても乗りたいんですが」
「ダメダメ。Labor Day直前の金曜日の午後に予約しないで切符が買えるわけないじゃない」
というやりとりが続いた。本当に愕然とした。普段技術的な文献を読んだりする際は脳ミソの動作モードは静的である。分からないところが出てきたり、気分が乗らない際は好きなだけブレークを入れられる。ところが、その時は強いプレッシャーがかかる状況で臨機応変な判断が迫られていた。
アメリカでは貧乏人向けにグレイハウンドという長距離バスがあるということを思い出し、急いで駅から5分くらいのところにある長距離バスのターミナルに行ってみた。こちらも大変混雑していた。切符が買える見込みがあるかもしれないが、その可能性を探索するのは列車が出発してしまった後にしようと判断しとりあえず駅に戻ることにした。駅へ戻る間、グレイハウンドのバスも空席がなかったり、そもそも帰りの飛行機に間に合うバスがなかったらどうするのか。タクシーで帰るか。タクシーで200キロ乗ると何百ドルかかるのだろうか。帰国前日のため現金はほとんどないがタクシーでクレジットカードを受け付けてくれるのか。レンタカーを乗り捨てにするというのはどうか。時間的には余裕でシアトルまで帰ることが出来る。クレジットカードも使える。しかし予約無しでLabor Dayの前日の夕方にレンタカーを借りることは可能なのか。そもそも国際免許を持っていなくてもレンタカーを借りることは出来るのだろうか。などと、短い時間でいろいろな可能性を検討した。
駅に到着してから、ダメもとで先程とは別の窓口でもう一度チケットの有無を問い合わせることにした。ところが行列が長くてなかなか自分の番が回ってこない。やっと自分の番になったときには列車がまもなくホームに入ってくるため乗客は改札に並ぶようにというアナウンスが流された。どんなに高くても良いので席はないか質問したところ、ちょうど2等に1席キャンセルが出たので大丈夫、と言われ出発直前にギリギリ列車に乗り込むことが出来た。
それまでは私の旅行の流儀は行き当たりバッタリで旅行をしてスリルを楽しむというものであった。またこうすることによって普段鍛えるチャンスが少ない臨機応変な判断によってピンチを切り抜けるという能力を高めることができると考えていた。いちいち細かい計画を立ててそのスケジュールをこなすような旅行じゃつまらないし、そういうことをすることは脳にとって良くないことだとも考えていた。しかし、上で述べたLabor Day前の金曜日の経験を通してそれまでバカにしていた綿密にあらゆる危機を事前に分析して対策を考えておくというようなことも重要であるという教訓を得た。逆に、自分の仕事とは関係の無い旅行というようなことを通して様々な可能性について分析的に考える能力を鍛える良い機会とも考えるようになった。
