滞在最後の1時間で妻はクリスマス後の大売出しに行き、私と息子は私の曽祖父が100年以上前に領事として働いていたというサンフランシスコ領事館を観に行く計画であった。祖父は記録の上では1909年にサンフランシスコで生まれたことになっているらしいが、1906年にサンフランシスコを襲った大地震の後、曽祖父ら日本大使館職員は日本人移民を引き連れてポートランドやシアトルに行き祖父はそちらで生まれたという説もある。とにかく、そういうわけでサンフランシスコは私たち家族にとって縁がある場所なのである。前回の旅行でも今回の旅行でも、私が見ているのと同じ景色を曽祖父も見たのだろうか、などと考えながら坂道を移動した。
現代美術館を出る前にしばらく便所にいけなくなるかもしれないので便所に行っておくようにと息子に年を押したのだが息子は行かなかった。美術館を出て15分ほど歩いたところで息子は急に小便が漏れそうだと訴えた。普通はセブンイレブンやマクドナルドやコーヒー屋などに便所があるものなのだが、近くの店にはお客さん用の便所がどこにもなかった。何軒か調べて便所が見つからなかったので諦めて美術館に戻ることに決定した。息子は本当にヤバかったらしく股間を押さえた状態で走っていたため非常に無様であった。ギリギリのところで無事間に合ったようである。「走れメロス」状態。20分以上時間をロスしたため、再び領事館付近に戻ってきたときにはすぐにホテルに引き返して飛行場に向かわなければならない状態であった。したがって探索は断念した。
今回の旅行では似たような状況にたびたび陥ったため、息子に2ドル20セントの罰金を課すことにした。2ドル20セントは私が旅行中に息子にあげた小銭を私に返せば済むような額であったが、息子は腕立て伏せをすることを選んだ(きっと一旦得た金を手放すのが嫌なのであろう)。私と息子の間では腕立て伏せ1回を0.5セントとする取り決めがあるため、2ドル20セントは腕立て伏せ440回に相当する。1日10回で1ヶ月半かかる計算。上の写真はその経過について息子がホワイトボードに書いた文章である。両親は何も指導していないのに自然にこんな文章を外国語で書けるようになっていることに驚いた(腕立て伏せを340回終わらせなかった。1日でたった100回しかやっていない、という意味)。どんどん英文を書かせるために英文1センテンスを1セントとカウントすることを提案してみたが、やはり最後まで腕立て伏せで勝負するつもりのようである。
