2010年10月2日土曜日

Edison

Yellowstoneに行く日の朝、息子の小学校でreading(音読)のテストが行われた。児童一人当たり40分の時間を割り当て、一人ひとり個別に行われるものであった。テキストは事前に知らされていない。日本語の文章でも読むのに苦労しているのに英語のテキストの音読テストなんて息子には無茶だし教師にとってもやるだけ時間の無駄だと思った。アメリカ人の子供と同じ基準で評価されると知恵遅れに分類されてしまうと憂慮した。ちょうどその頃息子とエジソンの伝記を読み終わったばかりで、エジソンが小学校を退学させられる有名なエピソードが頭をよぎったのだ。試験開始前に教師に言ってみたが「アメリカ人の子供たちもちゃんと読めていないから」と笑い飛ばされ予定通り試験が行われた。20分位して試験が終わり、「彼の中では2つの文化がミックスしだしている、すごいですよ。もっとドンドン本を読ませてください。彼は家ではどれくらい本を読んでいますか?」と質問された。「ちょっと待ってください、彼は自力で英語の本を読み進めることができないから、宿題やreading groupの読み物を私達が読んでやっているんです。」と答えた。正直に告白すると、それらの英文を音読するだけでも私に取っては相当な重荷であり、この上さらに英語の本を音読するのは不可能である。先生は「それじゃあ最近日本語で彼は何を読みましたか?」と聞いた。日本語の本は息子が寝る前にほとんど私が読んでやっているのだが、「ちょうどエジソンの伝記を読み終わったところです。」と答えた。すると「それじゃあ、英語版のエジソンの伝記を読みましょう!」と言って我々を図書室に連れていった。図書室にはエジソンの伝記が5冊くらい置いてあったがどの本も大人向けの本と変わらないような細かい字でびっちりページが埋まった本であった。私はその中で最も簡単そうに見えたTIMEが発行したものを選択した。
日本語版のエジソンの伝記には今まで私が知らなかった事実が幾つも含まれていた。そのなかで最も驚いたのは電球のフィラメント用材料を決定する過程。最終的にはよく知られているように日本の竹を炭化したものが選ばれたのだが、焼いて炭化するものは片っ端から試していてその過程で木綿糸も試されていたという点。まるで「電子立国 日本の自叙伝」を連想させる描きっぷりであった。その当時炭素という元素に着目した点も驚きだし、その中でも繊維にこだわったのもすごいと思う。どちらも飯島澄男によって発見されたカーボンナノチューブや数年前にマンチェスター大学のGeimとNovoselovらによって発見されたグラフェン(単相グラファイト)における数々の驚くべき物理現象など、最先端の物性物理や材料科学の話題とつながっているように見える。私は英語版のエジソンの伝記で日本語版に書かれていたことが事実なのか確認してみたかった。残念ながら借りた本の中にはそれらのエピソードは一切記述されていなかった。
エジソンの伝記を読んで感じたのは確かに電球自体の発明もすごいが、最もすごいところはそれらを「電灯事業」や「電力事業」といったシステムにまで拡張した点である。日本ではあまりその点が強調されることはないが、日本人がエジソンの人生から教訓を引き出すとしたらその点だと思う。アメリカ人がシステムづくりに才能を発揮しているのは最近のIT関係のビジネスだけの話なのかと思ったが、少なくともエジソンのころから脈々と続く伝統的な発想のようである。よく言われることだが日本の会社も個々のプロダクトは素晴らしいが、それをもちいて大規模な金儲けのシステムにまで発想を広げるのは極めて苦手である。本当にもったいないことだと思う。