2010年8月8日日曜日

SolutionとOptimization

今回のワシントンD.C.旅行で最も印象に残った出来事はワシントンD.C.へ向かう飛行機の中で起きた。私は26Bという窓際と通路側の間の席だった。通路側の席のオバちゃんはほとんどの客が着席したあとに飛行機に乗り込んだため既にトランクはだいたい埋まった状態であった。オバちゃんが機内に持ち込んだカバンは前の座席の下に押し込むにも自分の足の間に置くにも大きすぎた。オバちゃんがオロオロしていたところ、窓側の席のオジさんが26D,E,Fの上のトランクの中の中途半端な大きさのトランクと小さいリュックサックをそれぞれ25A,B,Cと25D,E,Fのトランクの中に無理矢理詰め込めば26D,E,Fの上のトランク中にオバちゃんのトランクがちょうど詰め込めるだけのスペースが出来るであろうとアドバイスした。少し遅れて来たフライトアテンダントはギリギリ無理であろうと述べたが、やってみると窓側のオジさんの予想どおりになった。オバちゃんが「solutionを提案してくれてありがとう」と述べると、オジさんは「生活の全てがsolutionを見つけることですから」と答えた。その人物の読んでいたハードカバーの本とルックスから判断してコンサルタントなのかと思ったが教育関係者であると言っていた。
試験の数学とは異なり日常生活の様々な問題においては一般には最適解を厳密に求めることは難しい。上で述べたような問題はいわゆるナップサック問題で自由度が多すぎるため従来のコンピュータで最適解を発見するには宇宙の寿命以上の時間が必要とされるタイプの問題である。このようなタイプの問題は量子コンピュータを利用すれば圧倒的に短時間で最適解を見つけることができると予想されている。問題は量子コンピュータの開発に私たちの寿命以上の時間が必要である可能性が高いこと。このような理由から、厳密な最適解でなくてもそこそこ満足出来る解を短時間で発見すること(あるいはそのための能力)がさまざまな問題において重要となる。そのようなsolutionを見つけることをoptimizationという。アメリカ人はこれらの言葉を非常に頻繁に利用する。フランスにいたときも研究者だけでなく一般の人々が頻繁に口にすることに驚いた。一方、日本では滅多に耳にすることはない。日本では問題の解が最適かどうかが問題になったり、最適解かどうか検討する習慣がほとんどないためと思われる。