学校が夏休みに入る直前の5月中頃に本屋の"Summer Reading"という、ちょうど日本の本屋において毎年夏に設置される新潮文庫のコーナーを思い起こさせる一角で、日本の花札風のデザインの表紙の本が平積みになっているのを見かけた。日本関連の本に違いないと早合点し手に取ったが、パラパラめくってどう考えても日本と関係なさそうだったのですぐに棚に戻した。その本のタイトルは"To Kill a Mockingbird"であった。他の本はヘミングウェイやサリンジャーの本といった、小説嫌いの私でもタイトルくらいは知っている本ばかりだった。それに対して表題の本だけは一度も聞いた覚えがなかったためかえって興味を持った。帰宅後検索してみると50年前に出版された本で、日本では「アラバマ物語」と呼ばれていることが分かった。そのタイトルも聞いたことがなかったのでさらに検索を続けていくと、アメリカ国民で小学生の時にその本を読んだことがない人は存在しないと言われるくらいアメリカではメジャーな本だということが分かった。実際、うちの子供の通っている小学校の所属する学区のweb siteを見ると、夏休みの推薦図書リストにその本の名前があった。そういう本は日常生活で引用される可能性が高いと考え、両親がアメリカに来るときに持ってきてもらった。先週のNew York Times日曜版のWeek in Reviewの9ページ目はほとんど1面全て中国と日本のGDPに関する話題で占められていたが、その片隅に1コラムだけオバマ大統領が前の週に買った本が紹介されていた。その最初に下の娘のために購入した"To kill a mocking bird"が挙げられていた。
内容は婦女暴行容疑で逮捕された黒人を弁護する白人弁護士の娘を主人公とした話で、舞台は黒人差別がアメリカでも特に強いアラバマ州である。白人女性の首を両手で締めた上で暴行したとされる黒人男性はその事件の何年も前に農業用機械に腕を挟まれて片腕は使い物にならない状態であり、被害者の首を締めることは不可能である。真相は訴えの内容と逆で、家族以外の誰とも他人と接することなく育てられていい歳になった「被害者」である娘が発情して被告の男性に襲いかかったところを自分のwhite trashである父親に見つかり、その最低な父親が被告の黒人男性が婦女暴行を試みたとして警察に訴えたことが弁護人によって明らかにされる。主人公の少女およびその兄の目にはその黒人男性が無実を確信していた。ところが、陪審員に選ばれた人たち(当然全員白人)のほとんどは典型的なアホで間抜けなアメリカ白人であり被告を有罪としてしまう。その少女の父親で被告の弁護を担当した弁護士だけでなく、判事も、そして検察官もその被告が無罪なのは自明だとは分かっていたのだが、たぶんそういう判決が出ることは初めから予想していたことがほのめかされている。子供たちは「アメリカというところはこういうことが当然のこととして起こる国である」ということに気付かされて愕然とする。担当弁護士は控訴審があるので希望を捨てていなかったのだが、被告本人がアメリカで白人からこのように訴えられた時点で処刑されるのは免れないと最初から希望を捨てており、判決が出た直後に一か八か脱走を試みて射殺されてしまう。「被害者」の父親は法廷において恥をかかされたとして弁護人を逆恨みし続け、弁護人の2人の子供を殺害することを試みるのだが、子供たちの近所に住む精神遅滞がある引きこもりの青年により殺されてしまう。
話の筋としては上のような感じだが、最後に子供たちの命を救うことになる引きこもり青年の生活する家の家族が物語の冒頭から得体の知れない不気味な存在として描写され、まるでStephen Kingの小説のようであった。それ以外の登場人物に関しても執拗に細部が描写されているところもStephen King的であった。というか、こちらの方が50年前に出版されているので、Stephen Kingがこちらに似ているというべきかもしれないが。また、それらの細部におそらくその本が出版された時点までのアメリカ文化に関するトリビアがテンコ盛りにされていて、アメリカ文化にもともと相当詳しくなければ原書からスタートして理解するのはかなり難しそうだと思った。この本が夏休みに読まれる理由は描写の大半が夏休みだからである。本の最初は夏休みが終わり主人公の少女が小学校に入学するところから話が始まり、最後は小学校2年生の夏休みが終わり3年生に上がったところで話が終わる。現在のうちの息子とちょうど同じである。この本が夏休みの課題図書とされるのはそれが理由であろうか。また出版から50年経った現在でも読み続けられている理由は、単に人種差別が無くなっていないからというよりはむしろ、アメリカにおいては大半の驚愕すべきアホな国民によって信じられないような最低な(政治的な)決定がなされてしまうという現実を受け入れる心の準備を子供のうちからさせるためではないかと思われる。そういう意味でアメリカは50年前と少しも変化していないのだ。
ちなみに上でStephene Kingの話が出たついでに彼の作品の一つについても一言言及しておこう。映画"Stand By Me"の原作である"The Body"も小学校最後の夏休み(5年生の終わり)の出来事が描かれている。"Stand By Me"も夏休みの定番らしく、Targetでは5ドルでDVDが山積みにされていた。私も購入して観てみたが、原作にあるような一見どうでもよいと思われるような詳細に関する執拗な描写がゴッソリ省かれており大変ガッカリした。物語でも、現実の世界でも人間の振る舞いを理解するためにそのような事実が非常に役に立つと思うのだが。舞台となったオレゴン州を今からほぼ4年前(Labor dayの週末の直前の金曜日)にシアトルから鉄道で訪問したのだが、映画で観るよりも美しいところであったような記憶がある。