2010年8月25日水曜日

Work sharing

6月に発行されたTIMEによると財政危機に陥っている州の割合が高く、第二のリーマンショックが発生する危険性があるという。コロラド州もそのような州の一つである。公立学校の予算も大きく削られ、10日ほど前のBack to school picnicでは教員のwork sharingが発表された。同じ研究室のドイツ人の先生によると、ドイツだと逆に不況の時に教育に関する予算は増加するという。将来に対する投資ということらしい。一方、アメリカのようなやり方は、将来国を支える人たちが大人になったとき国際競争力が増々低下してしまう。そうなるとさらに教育費が削減され、国民がバカになってしまう。要するにアメリカのやり方だと正のフィードバックがかかってしまう。アメリカがそれでも国力を維持出来ているのは足りない部分は外国から調達できているから。
日本ではちょうど経済バブルがはじけた翌年からゆとり教育が導入された。これはまさに上で述べた正のフィードバックをかけてしまったことに相当する。それからしばらくして文化庁長官になった三浦朱門という人が教育課程審議会において「自分の人生で数学が役に立ったことはない」、とか、「妻の曽野綾子が日常生活で二次方程式を使うことはないから解の公式を教える必要はない」と、ゆとり教育を支持する発言を行い、実際に中学の数学で2次方程式について教えなくなってしまったという。「自分が中学で習ったくらいの数学では社会で全然足りない」とか「二次方程式の解の公式は平方完成出来れば覚える必要がない」とか、あるいは「数学や自然科学だけでなくコンピュータアーキテクチャやプログラミングを中学生から学ばないと駄目だ」と発言するなら理解できるが、上の発言は想定の範囲外である。日本の場合はアメリカと違って不足した優秀な人材を海外から受け入れる体制がないため、今後50年、100年と日本はゆとり教育の代償を払い続けていくことになるであろう。
上で述べた三浦朱門とかいう人は、想像力がpoorな文科系知識人(私は知識人とは思わないが)の典型で、単に役に立たたずというだけでなく、人間のクズ(彼の妻も)。クズ人間。彼らを持ち上げた当時の文部省とか科学技術庁は波及効果の大きさを考えると太平洋戦争におけるA級戦犯程度に罪が重い。想像力がpoorな文科系知識人の例を他に挙げると「日本語が滅びるとき」という本を書いた水村美苗。日本人が日本語で思考することをやめる日が来ることを本気で心配しているようだが、将来コンピューターが発達することにより自動同時翻訳装置が開発され、人々が外国語というものを勉強しなくても済む世の中が来るかもしれないということは思いもよらないらしい。こういう本をもてはやす新聞の書評欄も全くダメ。旦那さんは東大の経済学部の岩井克人教授とのことだが、夫婦そろって文系だからこんなイタイ本が出てしまったのか。もしかすると、この本の著者は旦那から無視され続けていて旦那の気を引くためにわざと変な本を書いたのかとすら思う。水村美苗はYale大学で博士号を取った人だが、アメリカでも文系の「知識人」というのは困った存在が多いらしい。そんな連中をおちょくった「知の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用」という本が痛快である。
理科系出身で麻雀の自動点数計算装置に関する特許も持っている菅首相が「軍隊を復活し、文科系の連中は徴兵することにする」くらいのことを宣言すれば、中高生は血眼で理科や数学やコンピュータを勉強するようになり、ゆとり教育の悪影響を最小限に抑えることができるであろう。また、そうなれば私も今すぐに民主党支持者になるであろう。しかし、実際に軍隊に文科系の人を取り入れるとそれはそれで困ったことになってしまう。というのは、現代の軍隊こそ、最高水準の科学・技術が要求されるところだからである。今日、空軍の人と昼飯を食いながらそう考えた。