2011年1月7日金曜日

隣の夫婦喧嘩

私たちが現在滞在している大学の官舎の住人の国籍は多様であり、様々な言語が日夜飛び交っている。上の写真は向かいの部屋の夫婦げんかをドアの前で聞いている様子。元の写真では息子の隣に妻が立っていて聞き耳を立てていた。フェルメールの絵画のような味わいのある写真であったのだが、妻の強い希望により泣く泣くトリミングすることとなった。
隣の夫婦喧嘩に聞き耳を立てるということはこれまでに何度もあった。今回は息子の話によると机をドンと叩いた後いつも通りロシア語による口論が始まった。何を言い争っているのか全く分からないのだが、あまりの剣幕のため殺人事件でも起こるのではないかと毎回期待する。平均的なテレビ番組よりも間違いなくスリル満点である。これまではだいたい夫婦喧嘩の最後に旦那さんが夜遅くに釣り道具をもって出かけるというパターンであった。今回も夜遅くに怒って出て行ったが釣り道具を持っていったかどうかは見逃した。
口論の内容を理解するためにロシア語を勉強してみたいとすら思う。ロシア語を勉強してみたいと思う動機は他にもある。10年前に黒田龍之助というNHKでときどきロシア語講座を担当している人の書いた「外国語の水曜日」という本を読んだことがきっかけである。日本では英語以外の言語を学習することに多くの人は良い反応を示さない。「英語も満足にできないのに他の言語に手を出すのは何事か」、「英語以外の言語なんかやっても役に立たない」、等。最も酷いと思ったのは「英語以外の外国語など存在しない」という発言。これは息子がフランスから帰ってきた後小学校で同級生に言われた言葉。こんなことを言う子供の親はどんな人だろうかと思ってみたら予想どおりのidiotであった。研究者の中にも英語以外の言語を学習することに否定的な人たちはたくさんいる。その人たちは大抵は英語崇拝者。あるいは英語に捧げた貞操を守っているかのようである。彼らの主張を聞けば聞くほど、婚姻関係ではないので英語以外の言語を学習したからといって法律を犯すわけでもあるまいし、と反感を持ってしまう(それに彼らの場合、プログラミング言語に関しては色々な言語を学んでも「浮気」と言わないのはおかしい)。
それに対して、「外国語の水曜日」の導入部分では、上で述べたような世間でよく言われる主張(とそれを述べる人たち(の人格))が一つ一つメタメタにこき下ろされていく。そして気軽に色々な言語を薄く広く学習することを推奨している。リスニングや会話に関してはどうせできるようにならないからやるだけ無駄という考え。学習の具体例として白水社の「エクスプレス**語」という入門書のシリーズ(現在は「ニューエクスプレス」という新しいシリーズ)の前半10課を学習する方法が紹介されている。著者はこの本が出版された当時著者は東工大の助教授であり、実際に上の方法で授業が行われた様子が紹介されている。学生を学習する言語におけるニックネームで呼ぶなどモチベーションを継続するためのアイディアも極めて面白い。その本を読んでから自分もその学習法を是非取り入れ、東工大の学生が10課までやるのであれば自分は本の最後の20課までやろうと決めていた。
フランスに行くことが決まった際、何人かの同僚からフランス語の勉強は時間の無駄だから絶対にするなと言われたが、私はまさに上で述べた学習方法を実践するときが来たと思った。10カ国語を操るという設定になっている「ゴルゴ13」の主人公「デューク東郷」のように自分も母国語を含めて4ヶ国語目に挑戦するのだと興奮した。結局、「ニューエクスプレス フランス語」の何倍も学習することになった。予備知識ゼロの状態からの取っ掛かりとしては良いのだが、そのテキストだけでは明らかに実用性が乏しいことが分かったからである。現時点で私のフランス語に実用性があるとは思えないが、今週から研究室に入ったスイス人が結婚の準備のため領事館に電話をしていたことは理解出来た。私としては会話が分かるかどうかよりもフランス語がどのように実装されているかが大雑把に把握できたことに満足している。フランス語には英語と共通のボキャブラリーが多いが、英語はやはり基本的な構造においてドイツ語により共通点が多いということも分かった。黒田龍之助の本は私の脳内に大きな変化をもたらしたと言える。その意味でも、彼の専門とするロシア語を学習してみたいという気持ちは常にある。
フランスから帰国してからは徐々に興味が薄れ、帰国後1年経った時点で韓国語に「浮気」した。もともとフランス語と心中するつもりはさらさらなかったからである(もちろん英語やドイツ語とも)。学習しているうちに、自分の韓国語の学習方法が高校の時に大嫌いであった古文の標準的な学習方法と同じになっていたことに気がついたのは面白い経験であったが、残念ながら韓国語は学習高原に到達する前に学習を止めてしまい初期状態に戻ってしまった。せいぜい文字の読み方がかすかに記憶に残っている程度である。
今年度の私の"Language of the year"(まつもとゆきひろの表現、彼の場合はプログラミング言語だが)は当然英語だが、これも帰国後1年以内に興味が薄れるであろう。黒田さんが昨年出した本の中ではアジア系の言語(中国語か韓国語)を一つ学習することを提案していた。韓国語を再開するか、それとも気分を新たに中国語にトライしてみるか、あるいは彼の専門とするロシア語に挑戦してみるのが面白いか、今からいろいろ考えを巡らせている。