2011年1月19日水曜日

Social network

今回のNYへの旅行がこれまで私たち家族が米国国内で行った他の旅行と大きく異なる点は人に会うことが主な目的であった点。単なる観光は目当てのものを見たらそれでオシマイ。再び見たいと思うものはそんなに多く無いので、まるで焼畑農業をやっているようなものである。それに対して人と会う目的でどこかへ行く場合、その人たちやその場所に対して興味が持続する。電子掲示板で言うと、前者は「スレッドが伸びない」旅行で後者は「スレッドが伸びる旅行」と言えるかも知れない。
前回にNYに来た時は1週間NYUのLaw Schoolに通っていた大学時代の友人のアパートに1泊6ドルで滞在した。滞在中、商社に務めていた中学時代の同級生と会うためにある晩Metlifeビル(昔のパンナムビル)に行った。同級生とその上司とNYUに通っていた友人と4人で飲みに行って、中学時代の同級生の上司が私の大学の学科の先輩だということが分かったり、その人が私の大学の同級生と麻布のオーケストラの先輩後輩関係だということが分かったりして、世の中狭いと驚いた。中学時代の友人は今はその商社を辞めて別の会社で似たようなことをしているようである。
今回は妻が昔お世話になったデザイナーの他に、息子の元同級生(とその家族)および妻の大学の同級生を訪問した。妻が昔お世話になったデザイナーの方には今後より活発にお互いに訪問し合うことを提案しておいた。息子さんは遺伝的には100%日本人なのでそれなりに実現の可能性はありそうな話だと思った。産みの親のこともオープンにしてあるようであった。妻からいきさつを聞いたが「人間の証明」くらいドロドロした話でたいへん興味深い。
次に訪問した息子の同級生とは、ボウルダーの小学校で同学年であったが父親がコロンビア大に移った(院生)ため8月に転校してしまった女の子である。母親が日本人であったことからお互いに招待したりされたりした。その家族に会いたかったのもあるが、オバマ大統領が学生時に住んでいたアパートの近くへ行くというのも興味があった。彼らのアパートはオバマ大統領が住んでいたアパートよりも10ブロック近く北にあったが同じエリアであった。家賃は1900ドルで、オバマ氏が住んでいた部屋の現在の家賃と同じであった。1995年頃に聞いた話では学生アパートの住人の9割に"Hold up"の経験があるとされていたが現在は非常に治安が良いそうである。教授の質についてはどちらの大学も同じようなものだが、たとえばメトロポリタン美術館など市内で頻繁に企画される珠玉のイベントに参加する機会において圧倒的な違いがあると語っていた。しかしながら、肉や水の質に関してはNYは全然ダメだとか、大学がハーレムに近いため、純粋な白人に見える娘さんは学校でマイノリティーになってしまいつらいなどとも言っていた。旦那さんは東京に一度行ってみたいと言っていたのでまた会う機会があると期待している。
妻の同級生に関しては結婚はしているが子供はいない。しかし猫は3匹飼っていた。彼らは私たちが宿泊したホテルの近くにアパートを購入していた。美術系の夫婦なのでテレビドラマのセットのような内装であった。奥さんの方は結婚式にスピーチをしてくれた人である。その奥さんは私の妻にアメリカ人の旦那が亭主関白だ、みたいなオバサン同士の興味深い話をしていた。私は旦那さんと別のテーブルでくだらない話をしていた。奥さんが日本人なので少しは日本語を勉強しているようであったが女言葉を使ってしまうことを恐れて日本語を決して話そうとはしなかった。漢字にも少し興味があるようであったので、例によって漢字の意味を当てるクイズをしたりした。アメリカ人の刺青で漢字を使ったものの中にいかにヤバいものが多いかという話をしている最中に服の袖口から立派な刺青が見えてとても後悔した。今回はご馳走してもらったので、彼らが日本に来たときには私が奢る約束であるが、店を選ばないと問題になるかもしれない。