今朝のニュースによると、コロラド州議会で医療用マリファナを街の薬局で売ることを認める法案が通ったらしい。購入するためには当然医者が発行した処方箋が必要らしいが、スーパーの中の薬局で売るようになったり、ショッピングモールの空いたスペースに新しい「マリファナ屋」ができるんじゃないか、この法案の通過はヒジョーに良くないことだ、と職場のアメリカ人の人は嘆いていた。検索するとアメリカ中のいたるところで同じような法案がどんどん通過しているようである。マリファナが部分的に合法化されると、それで生計を立てていた売人達が暴れだすのではないかと聞いたところ、dark sideの連中がその法案を通過させるために躍起になっていたはずだと言っていた。その法案の通過に反対をしていた人たちが何人も殺されたという。「もっとも、そんな法律があってもココ(アメリカ)では多くの人は平気で破る(つまり、病気でない人が苦痛を緩和する目的以外で麻薬をやる)ということがもっと大きな問題で、それに比べて日本人はみんな法律をrespectするからいいよね」と言われた。
このコメントの後半に関しては、日本人の別の問題点が隠されているように思われる。確かに、一見日本人はアメリカ人やフランス人と比べて法律やルールを圧倒的によく守るように見える。しかし、なぜルールをよく守るかというと、私の観察では、ほとんどの人は単に自分の頭で何も考えないように仕込まれているだけだ。一番身近な例では学校の校則や職場のローカルルール。本当にくだらない規則で満ちているのだが、みなさん本当に驚くほどよく守る。会計検査のルールなども仕事の効率を下げるためとしか思えないルールが極めて多い。そしてそのような馬鹿げたルールに違反したために自ら命を断つ人まで存在する(2年前に犠牲者が2名出た)。小学校から高校までは、学校のルールを破ると学校の教師がそのような振る舞いは人間として間違っている、というような意味のことを言うのをよく聞いたが、「オメーみてーな奴が人間としての生き方なんか言う資格はねえんだよ」と言い返してよく問題をひき起こしたものだ。
日本人の何が問題と思うかというと、そのようなルールの存在に意味があるのか自分たちで考えず、行動も起こさないこと。意味のないルールはみんなで破ってルール自体を変える必要があると思う。意味があるルールでも、本当にそのルールが必要か、何の意義があるのか、自分の頭で考える習慣を持つことが大事だ。身近な例としては憲法第9条。なぜ戦争を放棄しなければならないのか、本当にいかなる状況でも戦争をしてはいけないのか、等。例えば北朝鮮が攻撃して来たとしてあなたはどうするか、と聞かれて明快な答えが理由とともにすぐに返ってくるケースは日本ではたぶん戦後生まれの人では多分ほとんどいないのではないのではないか。
中学生の時、同級生がドイツ人の先生に何気なく「戦争が起こったらあなたはどうしますか」と問いかけたことがあった。それに対して「私は自由のためならば銃を持って闘う」と即答した。念のために付け加えると、この人物は元々神父であり右翼的な考えとはほど遠い人物である。この経験から、ルールを尊重することにかけてヨーロッパで最も定評があり、かつ第二次大戦の敗戦国であるドイツの人たちはこの問題に関して日本人と異なり自分の頭で考えているのではないかと予想している。それ以来、親しくなったドイツ人には必ず同じ質問をすることにしている。
さて、個人が自分の頭で考えない習性があると都合が良いのは誰かというと、それは支配する側。学校であれば校長や教師、職場であれば経営陣、国であれば政府。多くの日本人は支配者側から見て都合のよい人間である状態にあって、面白くないと思わないのだろうか。