2010年7月16日金曜日

醜態

夕方から私が所属している研究所とコロラド大内部のある研究所との間でサッカーの試合があった。私はスパイクと短パンがないという理由で参加を断った。2つの研究所とも近年ノーベル賞受賞者が出た非常にハイレベルな研究所であり、試合を見ることには興味があったので家族全員で見に行った。サッカー強豪国出身者も多いため、試合の方もさぞかしハイレベルになるのではないかと期待した。そのことが参加を断った本当の理由である。
ところが試合を見てみるとレベルの低さに驚いた。とにかく走れない、ボールをちゃんと蹴れない、ボールを止められない、転ぶ状況でないのに転ぶ、などなど...。皆さんいかにも勉強ばっかりで運動はあまりやってこなかったという感じである。大学の教養課程の体育実技のサッカーと極めてよく似た感じであった。大学の体育実技のサッカーでは私でも結構活躍できた。そのサッカーの様子を見てこれなら私でもできると確信した。
ところがやってみると、まず、すぐに息が上がってしまって走れなくなってしまった。高地でのサッカーは初体験だったがこれは相当キツい。今年のワールドカップでフランス、イタリア、ブラジルなどがパフォーマンスを発揮できなかったが高地でやっていたことと関係があるのかも。また上に書いたようにボールをちゃんと蹴れなかった。沢登り用のサンダルでプレーしたために芝生の上でボールを蹴ろうとすると軸足が回転してしまい、あらぬ方向にボールが飛んで行ってしまったり空振りをしてしまったりした。空振りは恥ずかしかった。また、フランスで700ユーロで購入した眼鏡をしていたため思い切ってヘディングができなかった。
最もショックだったことは走っている途中で止まろうとした際にうまく停止できなかったこと。「あれ、これで止まれるはずなんだけど。こんなはずでは...。」という感じで止まるべきところを過ぎてドタドタドタとどうしても余計に進んでしまう。サンダルと芝生が主な原因だと思うが体重が10キロくらい増加し慣性が増してしまったことも大きいであろう。小学校の運動会でお父さん達が転ぶ状況ではないところで転ぶ光景をよく目にするが、あれは衰えた肉体が脳内にある若いときの記憶と整合しないために起きるという説明をテレビで見た記憶がある。これはまさに世阿弥が「風姿花伝」の中で指摘している老人の振る舞い―若々しく振る舞おうと努めるのだが、体の老化によりその心理に体の動作が追いつかない状態―そのものだ。私の場合もまさに運動会のお父さん状態だったろうし、世阿弥の観察する老人のようでもあり、さぞ見苦しかったであろう。